身体表現性障害
身体表現性障害とは、身体の病気と思われるような身体症状があるが、身体の診察や検査ではそれに見合った所見がなく、一方で、症状そのものや症状に伴う苦痛、不安によって、生活に支障が生じている状態です。例えば、胃がキリキリ痛み、内視鏡などの検査を行っても痛みの原因となるような所見はないが、痛みが辛くて仕事を休みがちになったり、がんではないかと不安でいてもたってもいられなくなる、といった状態です。生じる身体症状は非常に多彩ですが、下痢や便秘、腹痛などの消化器症状、めまいや動悸、痛みなどが多いようです。患者さんは、辛い症状のために苦しんだり、症状の背景に重大な病気があるのではないかと強い不安を抱いたり、身体症状の原因を突き止めることに多くの時間やエネルギーを取られてしまったりして、生活に支障を来します。何カ所もの医療機関を受診しても原因が分からないために不安や絶望感を感じたり、身体的な治療の必要がないといわれて見放されたように感じ、不信感や怒りを抱いたりすることもあります。
生活上のストレスや心理的な葛藤が、身体症状と関連していると思われる場合もありますが、特定の心理的要因がはっきりしない場合も少なくありません。
苦痛の元となっている身体症状について、身体的な面からは説明がつかず、精神的な問題が関与している、とされることは、受け入れにくい場合が多々あります。受け入れにくい理由の一つには、精神疾患全般に対する、否定的なイメージの問題があります。また、精神的なもの、と言われることで、全てを否定され、「単に気のせい」と決めつけられたように感じるということもあるでしょう。しかし、ご本人がその症状を感じていること、症状のために苦しんでいることは、紛れもない事実です。
身体症状そのものをなくすことや、症状の原因を究明することは確かに大切です。一方、症状による「辛い思い」や、そのために生活が困難になっていることにも、もっと目を向けてもよいかもしれません。メンタル面からのアプローチが生活の改善に役立つ可能性を、一緒に考えていくことが、治療の第一歩となります。
実際の治療では、医師の診察や心理士のカウンセリングによって、身体症状と生活の状況を患者さんと一緒に見直し、身体症状とその影響を軽くする方法を探っていきます。気分の落ち込みや不安が強い場合は、抗うつ薬や抗不安薬が役立つ場合もあります。抗うつ薬は、落ち込みや不安を軽減するだけでなく、痛みを抑える作用も有しており、痛みで苦しんでいる方には一つの選択肢となるでしょう。一方で、身体科の先生とも、可能な限り連携を取っていきます。身体症状が日常生活や仕事に与える影響を最小限にし、たとえ症状があっても、普段に近い生活を送れるようになることが、治療の大きな目標です。
身体表現性障害と混同しやすい状態に、「心身症」があります。胃潰瘍や喘息など、身体の病気がはっきり診断されており、ストレスがその発症に関与していると考えられる場合です。実際に身体疾患があるという点で、身体表現性障害とは異なります。また、若い方では統合失調症、中高年の方ではうつ病でも、身体表現性障害と似たような症状が出ることがあり、治療法が異なるため、注意して見分ける必要があります。